快適なメガネ生活をご提案する
メガネのササガワ(東京北区十条)店長です。
大正6年(1917年)中学を卒業と同時に東京の時計店に
丁稚奉公に入った祖父は、その後
大正13年7月(1924年)自店を開業する前年の
大正12年(1923年)までの約6年間に東京新宿→新潟高田→大阪→四国伊予と
4カ所を渡り歩いています。何故?そうしたのか今となっては知る由もありません。
ここからは想像ですが、
昔は「技術は目で見て盗め」という時代だったらしいのですが、
祖父はそんな悠長なことは言ってられるか!
人に使われるのは真っ平!早く一国一城の主になりたい!
一か所にずーといるのは性に合わない!
そんな感じだったのではないかと・・・(小さい時に耳にタコなくらいに聞かされた)
そんな祖父の16歳から22歳の多感な時期の
大正とはどんな時代だったのでしょうか?
(ほぼウイッキしてみた)
(大正天皇)
世界では第一次世界大戦があり、各地で革命や独立運動がおきて、
帝国の終焉と共和国の誕生。そして社会主義、共産主義の台頭、
国際連盟の設立など国や政治の在り方も大きく変化し始めた時期で
国内でも大正デモクラシーや大正ロマン、大正モダンという言葉で代表されるように
政治、社会、文化も民本主義や自由主義で変化や新しいさをもとめた時代だったようです。
明治後期に大きく発展した産業、交通、教育、貿易、国防とともに、
都市化が進み衣食住文化も影響を受けたようです。
読売、朝日、毎日の三大新聞の基礎が出来、
ラジオ放送が始まったのもこの時期です。
昭和を代表するビッグメーカー、トヨタ、パナソニック、日立、三菱もこの時期に産声を上げています。
メガネ業界では、日本光学工業(現 ニコン)が設立されました。
しかし発展ばかりではなく、社会的矛盾も深まったり、
スペイン風邪の感染爆発や戦後恐慌そして関東大震災などもあり、
負の部分もあった強烈な時代だったのではないでしょうか。
そんな時代に丁稚奉公し、新しい風にのって? 6~7年で創業した祖父は、
翌年の大正14年(1924年)には、長野出身の祖母と結婚しています。
見合いでもなく恋愛でもなく、親同士が決めて?
あとは駅まで迎えに行って、そのまま新しい生活が始まる・・・
不確かですが、そんな話を聞いた記憶があります。
そしてさらに激動の昭和へと船出したのでした。
ではまた・・・店長